(制作ヒストリー裏話2)

ここからは、原作・演出の植村文明としてお話しします。

【マリアセレンの苦悩と挑戦】
演出家はオペラ歌手にどんな要求をしているのか?それは私にも未経験のことでした。ただ、アートよりエンターテインメント主体のオペラ設計にしようと考えていましたので、おおまかな出演者の演技イメージはできていました。しかし、一番てこずったのは経験値の高いソプラノ歌手(三重野広美さん、坂本江美さん)たちの歌の演技形式の変更と動きのある振付です。オペラ歌手は通常はオペラで固定化された基本動作主体で歌唱しますが、安定した音声・音階を維持するためミュージカルのように歌いながら踊ったりしません。でも、私はその形式は全く無視。ミュージカルかオペラかではなく、エンターテインメントとしての魅力づくりを優先させました。面白いか、面白くないか?飽きないか、飽きるか?商品づくりの基本はそこにあります。今や彼女たちは解放された蝶のように変化しています。また、マリアセレンはショーステージ慣れはしていましたが、その無駄に体をくねらせるダンス癖がなかなか取れませんでした。

能楽稽古(喜多流能楽師粟谷明生師)
坂本江美 三重野広美(soprano)






















実は、能楽をマリアセレンにやらせた理由はそこにあったのです。

この新作オペラには、国産オペラとして少しだけアクセントで和風な味付けを入れたいと考えていました。でも、能や日舞をそのまま舞うのではありません。あくまで、そういえば能ぽいという程度でいいのです。もともとプロの能楽師には及ばないのですから。2年連続で夏合宿にまで参加させて、能の持つ型の基礎訓練を徹底的に鍛錬させましたが、なかなか上手くいきません。私の厳しい要求に本人もさぞ苦悶したと思います。ただ、能楽稽古をやらせ、本物の演能や地唄舞を見て、能の持つ形式美や「もの狂い」「序破急」などの演技的思想のいい影響を受けたと思います。

また、どうしても表情、仕草に女ぽさが出ない。驚かれるかもしれませんが、自分では十分女で演じている気でも、それはショーパブ癖の延長線上であって、全く原作上の女にはなっていない。女臭くないのです。恋狂いの境地は、一度経験しないと仮の演技になってしまいます。こればかりは、経験しろと強く要求できない。私には到底理解できない、壁もあるようでした。そこで、性別を超越して、無性の存在としてイメージを改めさせました。能楽とは別に日舞も習わせ、その演技の対比の中で、登場人物らしい演技を発見してもらおうとしたのです。この芸道追及は永遠に続くでしょう。

【原作づくり】
「哀しみのシレーナ~禁断の恋~」は、もともとマリアセレンのために書き起こしたものです。なぜなら、オペラには、彼女の才能である両声切替技法を引き出す作品がないからです。しかし、現在400万回を突破しているYouTube動画Time to Say Goodbyeにあるような連続した両声切替技法は必ず飽きられると考え、できるだけ切替技法を殺して、能楽でいう男時(おどき)、女時(めどき)をはっきりさせた曲の展開を考えました。

また、当初マリアセレンは、countertenor/tenorという表記をしていましたが、彼女はcountertenorではなく、まさに女声なのです。これが、cantante ambavoce(造語で両声歌手)という呼称を生み出しました。クラシックの枠組みを超えて、違うジャンルを形成する。だから呼称も造語で表示することにしたのです。

コレペティトル レッスン


「哀しみのシレーナ~禁断の恋~」は、人間の「もの狂い」をテーマに、ストーリー展開は分かりやすい「序破急」型にするという形式をとることにしました。序曲、第1幕、第2幕を1段目の序破急、第3幕、第4幕、第5幕を2段目の序破急というストーリー仕立てにして、各々の幕も序破急の楽曲ユニットの構成で設計しました。しかし、これをすんなり作曲できる人はそうざらにいません。作曲家の武井浩之氏には、私の音楽イメージ設計書に基づいて、約2年にわたって、相次ぐ修正の連続で仕上げてもらいました。大変な創作作業だったと思います。


振付稽古



また、EasyOperaは第一にストーリーが分かりやすくなければなりません。世界戦略上、全編イタリア語なので、字幕の他にナレーション解説を幕前に流すようにしました。それだけでなく、ナレーションの前に、老船乗りと子役3人が寸劇を行い、ナレーションへの誘導役を務めます。つまり、マリアセレンら3姉妹は空想の世界で、子役たちは現実の世界という場づくりで、能と狂言のような連続関係になっています。

現実と空想の世界、男と女の世界、正気と狂気の世界、これがマリアセレンのパラレルワールドの構造です。


皆さん 一度見てみたくなりましたか?
マリアセレンの総合エンターテインメント作品としてお楽しみ下さい。

2月ヤクルトホールでお会いしましょう!


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